浄土真宗を憂う

西本願寺・東本願寺 浄土真宗各派のあるべき姿とは?

浄土真宗寺院出身者の声

「寺はこれでいいのか」

島根県 今井 勤(仮名)

 親鸞会講師部の今井勤氏は、島根県、西本願寺末寺の長男――島根県といえば、廃寺化のすすむ実態をルポしてショッキングな話題を提供したNHKテレビ「寺が消える」の舞台である。

「あれは、うちの寺のすぐそば。島根は過疎だし、しかも寺は全く布教しないから、いなかの寺はどんどんなくなっている」と嘆くことしきり。

 報恩講には、自坊で説法を務めている。

「以前、父親が私の話を聞きに来てて、それがきっかけで。お前もまあ、話ができるようになったからということでしょう。それ以来、毎年です。
 父親は親鸞会に理解があり、教えはまちがいないと言っている。ただ、周囲の者が間接的にいろいろ批判めいたことを口にしたり、住職同志の集まりではいい顔はされないようだ」

 今井氏の祖父は、全国各地を回る、大変熱心な布教使だった。
「その祖父が亡くなる直前、高森顕徹先生のご法話に、入院先の病院を抜け出して参詣した。そして聴聞の後、こう言った。
『十八願の説法を、あんなにわかりやすく話できる人は初めてだ』と。
 反対ばかりしていた祖父の言葉だから、これには驚いたし、うれしかった」

 こうした家族に育まれながらも、幼少の頃から、寺への嫌悪感は強かった。

「子供同志で鳥や虫を殺して遊んでも、殺生しているうしろめたさがあった。周りの人も、寺の子供があんなことを、という目で見るし。また、毎年正月二日間は、どんな大雪でも門徒を年始回り。報恩講にはチラシ配り。何で自分だけが、と、寺に生まれて損した、とつくづく思った。絶対に寺は継がん、と」

 以後、仏教も意識的に無視していた。
 しかし、進学した大学で、親鸞会にめぐりあうや一転。若き親鸞学徒のリーダーとして活躍し、将来の進路を高森顕徹先生に相談した。

「先生の方から『講師にならんか』とお声をかけてくださって。『この道は求めるものが多くて与える人が少ない。お仏飯で育った者ならば、やるべきじゃないか』この言葉が強烈でした。恥ずかしくなった」

「本願寺は親鸞会のことを活動する組織だと、非常に恐れているが、対策のたてようがない。ただ、どうせ門徒は葬式を寺でやるんだから、と安心している。
反旗を翻す者が出てこなくては」

 実際に、動き始めている寺も?

「あります。形だけでも、親鸞会をまねようとの動きがありますよ。
 現代人に、寺はもう古い。これからは親鸞会でなければ」。 

 

※掲載した個人名は、プライバシー保護のため仮名にしています。

 

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