浄土真宗を憂う

西本願寺・東本願寺 浄土真宗各派のあるべき姿とは?

浄土真宗寺院出身者の声

「正信偈に説かれていた」

兵庫県 吉川 宏明(仮名)

 兵庫県の寺に生を受けました。小学生のころのいちばん強烈な思い出は、6年生の時、祖父と祖母が3カ月の間に、続いて亡くなったことです。祖父のことはあまりよく覚えていませんが、祖母は、目の前で倒れてしまったので、よく覚えています。

 祖母は脳梗塞で入院したのですが、退院後しばらくして、父母がちょうど外出中、急に倒れました。私はその時、何をしていいのか分からず、何もできませんでした。帰宅した両親が救急車を呼び、病院に運ばれましたが、そのまま亡くなってしまったのです。

 私はふと考えました。「自分がこのまま死んだらどうなるのだろう」と。しかし、少したつと、その考えは薄れてしまいました。

 中学や高校でも、「死んだら、どうなるのだろう。私はこのまま生きていてもよいのか。死ねば、家族は悲しんでくれるだろうか」とよく考えました。しかし、何のために生きるのかは、結局ハッキリしないままだったのです。寺にその回答があるとは、全く考えておりませんでした。

 大学で仏法を聞くようになって、はじめて

「『正信偈』には、こんなことが書かれていたのか」

と感動しました。家は寺なので、『正信偈』を読んではいましたが、意味はまったく知らなかったのです。

 続けて聞かせていただき、「親鸞聖人の教えには、人間にとって最も大切な人生の目的が教えられていたのだ!」と知らされました。

 親鸞会で仏法に遇えていなかったら、正信偈の意味も、そこに教えられている人生の目的も知らず、今ごろどうなっていただろうと思います。遇えてよかった。心から感謝しています。

※掲載した個人名は、プライバシー保護のため仮名にしています。

 

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