笠野恵美子(仮名)
真宗寺院の坊守を務める笠野恵美子さん(仮名)は、親鸞聖人の教えを知りたいと思いながらも永年、よく分からないままだったという。後生の一大事が聞けなかったからだ。
それが10年前、親鸞会主催の講演会で「人間の実相」を聞くや、心に衝撃が走った。
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禅宗の寺に生まれた笠野さんは、兄妹6人、住職であった父親から、厳しく育てられた。麦やイモ、野菜などの畑を耕し、ストーブにくべるまきも収拾する自給自足の生活で、「畑を手伝え」「まきを拾ってこい」と言われれば、逆らえなかった。
壇家の人に父が話すのは、先祖供養のことばかり。幼心に、「先祖を大切にし、起居を正して、修行の道を歩むのが仏教」だと思っていた。
縁あって、真宗の家庭に嫁ぐと、寺が話す法話に戸惑った。それまでイメージしていた仏教とは、全く異なっていたからだ。
「『南無阿弥陀仏を称えさえすれば救われる』とは、何が救われるのか。親鸞聖人の教えをもっと知りたい」
そんな笠野さんも、自分が坊守になるとは思っていなかった。真宗寺院の一角を借り、学習塾を経営していた夫に、住職が、寺を継いでほしいと持ちかけてきたのだ。住職の息子が、「どうしても継ぎたくない」と言っているからだという。
夫が僧籍を取得し、自分が坊守になると、教えを知りたい気持ちはますますつのった。しかし、本山で講習を受けた夫の話もピンとこない。坊守の研修会は、とても法を語るような場ではなかった。
本を何冊も買って読んだが、親鸞聖人の教えによって、一体何が救われるのか、最も大切なことがぼんやりしたままだった。
お念仏が大事と聞かされたが、「南無阿弥陀仏」と称えてみても、何の変化も起こらなかった。
親鸞会の講演会に参詣したのが、10年前である。
やがて、「人間の実相」を聞くご縁に恵まれた笠野さんは、三匹の毒龍が表す?欲や怒り、愚痴の煩悩?を詳しく聞き、仏教観が一変した。
「すごいなあ、と思いました。心の中には、いろんな思いが隠れている。それを、こんなに掘り下げて聞かせていただくことは今までなかった。
寺にいても、どうやって生活するかに一生懸命で、心は悪の造り通しだと思ったことは、一度もなかったのです」
「火の車 造る大工はなけれども
己が造りて 己が乗りゆく」
旅人が自らつくり、堕ちる?底の知れない深海?が後生の一大事であり、それを知り、その解決のために仏教は聞き求めるものだと、初めて分かったのだった。
「富山で高森先生から聖人の教えをお聞きするのが、いちばんうれしい。」
笠野さんは法悦にむせぶ。
今も坊守として、自坊を訪れる門徒に少しずつ、平生ただ今、弥陀の救いにあえる、いつ死んでも浄土往生まちがいない身になれると、本当の親鸞聖人の教えをお伝えしている。
「呼吸之頃、即ち是れ来生なり。
一たび人身を失いぬれば、萬劫にもかえらず。
この時悟らざれば、仏、衆生を如何したまわん。
願わくは深く無常を念じて、
いたずらに後悔を残すことなかれ」 (教行信証行巻)
一息つがざれば後生である。永遠のチャンスは、今しかない。
只今救われねば、永久に後悔する後生を迎えねばならぬ。
永久に後悔する後生を一大事という。この一大事の解決を急げ、との御文である。
死んで極楽へ往くことが後生の一大事だと言う人がいる。
『教行信証』の御教示が知られていない。
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