浄土真宗を憂う

西本願寺・東本願寺 浄土真宗各派のあるべき姿とは?

浄土真宗寺院関係者の声

「人間の実相に驚嘆」

笠野恵美子(仮名)

 真宗寺院の坊守を務める笠野恵美子さん(仮名)は、親鸞聖人の教えを知りたいと思いながらも永年、よく分からないままだったという。後生の一大事が聞けなかったからだ。

 それが10年前、親鸞会主催の講演会で「人間の実相」を聞くや、心に衝撃が走った。

   ※      ※     ※

 禅宗の寺に生まれた笠野さんは、兄妹6人、住職であった父親から、厳しく育てられた。麦やイモ、野菜などの畑を耕し、ストーブにくべるまきも収拾する自給自足の生活で、「畑を手伝え」「まきを拾ってこい」と言われれば、逆らえなかった。

 壇家の人に父が話すのは、先祖供養のことばかり。幼心に、「先祖を大切にし、起居を正して、修行の道を歩むのが仏教」だと思っていた。
 縁あって、真宗の家庭に嫁ぐと、寺が話す法話に戸惑った。それまでイメージしていた仏教とは、全く異なっていたからだ。

「『南無阿弥陀仏を称えさえすれば救われる』とは、何が救われるのか。親鸞聖人の教えをもっと知りたい」

 そんな笠野さんも、自分が坊守になるとは思っていなかった。真宗寺院の一角を借り、学習塾を経営していた夫に、住職が、寺を継いでほしいと持ちかけてきたのだ。住職の息子が、「どうしても継ぎたくない」と言っているからだという。

 夫が僧籍を取得し、自分が坊守になると、教えを知りたい気持ちはますますつのった。しかし、本山で講習を受けた夫の話もピンとこない。坊守の研修会は、とても法を語るような場ではなかった。

 本を何冊も買って読んだが、親鸞聖人の教えによって、一体何が救われるのか、最も大切なことがぼんやりしたままだった。

 お念仏が大事と聞かされたが、「南無阿弥陀仏」と称えてみても、何の変化も起こらなかった。

 

心をこんなに詳しく

 親鸞会の講演会に参詣したのが、10年前である。
 やがて、「人間の実相」を聞くご縁に恵まれた笠野さんは、三匹の毒龍が表す?欲や怒り、愚痴の煩悩?を詳しく聞き、仏教観が一変した。

「すごいなあ、と思いました。心の中には、いろんな思いが隠れている。それを、こんなに掘り下げて聞かせていただくことは今までなかった。
 寺にいても、どうやって生活するかに一生懸命で、心は悪の造り通しだと思ったことは、一度もなかったのです」

「火の車 造る大工はなけれども
  己が造りて 己が乗りゆく」

 旅人が自らつくり、堕ちる?底の知れない深海?が後生の一大事であり、それを知り、その解決のために仏教は聞き求めるものだと、初めて分かったのだった。

「富山で高森先生から聖人の教えをお聞きするのが、いちばんうれしい。」
 笠野さんは法悦にむせぶ。

 今も坊守として、自坊を訪れる門徒に少しずつ、平生ただ今、弥陀の救いにあえる、いつ死んでも浄土往生まちがいない身になれると、本当の親鸞聖人の教えをお伝えしている。

 

「呼吸之頃、即ち是れ来生なり。
 一たび人身を失いぬれば、萬劫にもかえらず。
  この時悟らざれば、仏、衆生を如何したまわん。
   願わくは深く無常を念じて、
     いたずらに後悔を残すことなかれ」 (教行信証行巻)

 一息つがざれば後生である。永遠のチャンスは、今しかない。
 只今救われねば、永久に後悔する後生を迎えねばならぬ。
 永久に後悔する後生を一大事という。この一大事の解決を急げ、との御文である。

 死んで極楽へ往くことが後生の一大事だと言う人がいる。
 『教行信証』の御教示が知られていない。

 

※掲載した個人名は、プライバシー保護のため仮名にしています。

 

>>次 「聖人の教えを届けたい」|浄土真宗寺院出身者の声

 

浄土真宗を憂う 西本願寺・東本願寺・真宗各派の発展のために|親鸞会会員の提言