平成18年末より、新聞やテレビは連日、いじめによる小中学生らの自殺を報道しています。
伊吹文科相には、自殺予告の手紙が51通(平成18年12月25日時点)も届けられているとのこと。こうした事態に、政府や教育委員会、学校も親も、まさに世を挙げて自殺を阻止しようとしています。
この、いじめによる自殺の問題は、過去すでに何度も浮上し、その都度社会を騒がせ、いったんは沈静化したように見えても、やはり繰り返し提起されてきました。
しかし結局のところ、「命は大切だ」「死んではいけない」と何万回連呼しても、その本当の理由が明らかにされていませんから、言葉自体がもはや空疎に響くだけで、何の説得力も持たなくなっているのではないでしょうか。
むしろ、問題にされればされるほど、いけないはずの自殺に、止める何の根拠もないことが、誰の目にも浮き彫りになってきているようです。
死んではならない真の理由を、大人も子供も、教師も政治家も、いやテレビに登場する知識人といわれる人すら、実は誰も知らないのだということが、アキラメにも似た暗黙の了解になりつつあるのです。
まさに末法、恐ろしい時代になったものです。
この問題に真っ向から切り込み、人々の深い迷妄を切り開き、根本解決の道を示しうるのが、親鸞聖人の教えなのです。
一体、何が、どう問題なのでしょうか。
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